ツイノベとかのまとめ

twitterで投稿したツイノベをまとめています(@ukeiregaohayai)

那岐

誕生日に千尋が財布をくれた。ちょっと奮発したんだから、と言う顔はどこか得意げだった。「だから大事にしてね」。大事なもの。大切なもの。この手をすり抜けていってしまうものたち。千尋は僕の両手に財布を握らせて、失くしたりしないでね、約束だよ、と微笑んだ。


「那岐のプレゼントはどうしていつも食べ物なの?」邪魔にならないだろ、と答えれば、千尋は「私のプレゼント迷惑だった?」と叱られた犬みたいになるだろう。僕の存在が残るのが怖いだなんて言えば、きっともっと困らせる。次の記念日には形に残る物を贈ろう。例えば、彼女の薬指を飾る物を。


見慣れないイヤリングをしていたから少しからかってやったら、千尋は拗ねてどこかへ行ってしまった。怒らせてしまいましたよ、困りましたね、と言いながらウィンナーを口に運ぶ顔は、まるで困ったようには見えない。恥ずかしげにもじもじと耳元をいじる千尋に、何を言えばよかったのだろう。


言われるままに差し出した指に、白い花の指輪がはめられた。そういえばいつか、風早が白詰草の指輪を作ってくれたことがあった。あのとき、那岐は「そんなのどうでもいい」と言っていたはずだけれど。私だけの魔法使いは、「本物じゃないから、長くは保たないけど」と言ってそっぽを向いた。


バレンタインの季節がやってきた。豊葦原ではチョコレートは作れないけれど、カリガネに聞いてお菓子を作ろうと思ってるの、と言ったら、那岐に止められてしまった。「どうしてダメなの?」と聞くと、那岐は厨をちらりと見やって「さあね」と答えた。「…カリガネに妬いてるの?」「…さあね」


罪人になれるのならそれがいい。誰のためだとか綺麗事を並べられるのは厭だ。僕は贄で、彼女は王で、ただそれだけのことだ。そう思うのに、胸の中ではいろんな言い訳がぐるぐると渦巻き、纏まらない思考に頭を掻きむしる。ああ、もう、面倒臭い。「好きだとか、大切だとか、考えたくないんだ」


生まれたての心は渇いて砕け、かけらになって散っていった。失くしたものが何だったのか、亡くなったのはどちらなのか、今となってはもう分からない。忘れたくないのはあの子の笑顔。忘れられないのはあの子の涙。かけらたるこの身に残されたのは、あの温かな感情と微かな記憶だった。


虹の色に名をつけた人は罪だと思う。ここからここまでが赤だ青だと名付けても、結局そこにあるのは無界的な色の広がりだ。その広がりの先は果てなく、見ることも叶わない。隣に腰を下ろした千尋は、遠夜の歌声に心地よさげに瞳を閉じている。名もない歌だ。音楽も虹のようなものだと思った。


絵画を見つめる横顔を盗み見る。長いまつげがきれい。言ったら怒られるから言わないけれど。那岐の好きな画家の展覧会に旅行先で偶然出会い、急遽予定を変更した。ツイッターを覗くふりをして、そっと昨日撮った写真を開く。シャッターがおりる寸前に繋がれた手は、少しだけぶれて写っていた。


ちひろ。名を呼ぶ。千尋。互いの名も知らなかったあの頃、ひとり泣いていた千尋。その表情が泣き顔になる瞬間の心がもどかしい。「なんですぐ泣く」「泣きたい訳じゃ」「だって泣いてるだろ」ちひろ千尋。千を尋ねて、その身に龍を降ろす娘。千尋。「千尋が泣くと僕が落ち着かないんだよ」


なぜか突然大掃除が始まった。「掃除はいいけど、なんで僕まで手伝ってるわけ?」全ての元凶は、自室を掃除中の千尋が、ついでにどこか掃除しようかと風早に声をかけたことだった。「いいじゃないですか。掃除のコツは日々の「ちょこっと」ですよ」コイツはいつからこんなに所帯染みたんだ。


千尋はいつになったら家族離れするのか。「プレゼント選ぶのを手伝って」。そうして連れてこられた雑貨屋はやけにカラフルで、妙なキャラクターが所狭しと並べられていた。「こういう店は女子の友達と来いよ」「だって」友達の誕生日プレゼントなんて初めてだから。ほら、そういうところだよ。


誕生日プレゼントはお花の入った口紅だった。透明なスティックの中、青い小さな花と金粉が煌めく。こんな可愛いものどこで見つけたのかと問いつめると、那岐は渋々口を割った。「委員会の時に女子が話してたんだよ」那岐のこんなところを、みんなに知ってほしくて、けれど誰にも教えたくない。


那岐の財布は二つ折り。千円札が四枚。五百円玉が一枚。百円四枚、五十円一枚、十円三枚。一円四枚と、初詣の時のおみくじ。今朝ジュースを買ったコンビニのレシート。先週観に行った映画の半券。と、先月と先々月の分の半券。まさかだけど、「記念?」「……捨てるのも面倒なだけ」


アイシャドウをつけると強くなれる気がする。髪をきっちりして、服にアイロンをかけて、磨いた靴で家を出る。「気合い入ってましたね」「遊びに行くって気迫じゃないよあんなの」今日は初めて遊ぶメンバーがいるのだと言う。目玉焼きに醤油かソースか、迷うあの時の顔でいつもいればいいのに。


しんしんと降る雪に、学生たちは口々に歓声を上げた。積もった雪で雪玉を作ろうと試みるも、上手くはいかずただ指先が酷くかじかむ。寒いからもう帰ろうと友人と別れ、歩き出した先には見覚えのある背中が寒そうにじっと立っていた。「……那岐、まつげに雪積もってる」「……千尋もだろ」


光の粒を舞い上げて波が寄せる。両手にサンダルをぶら下げて、千尋は浅瀬を覗いていた。ずり落ちた帽子を直してやると、興奮したようすで「この砂の感触、きっと永遠に忘れないわ」と話す。「そんなの忘れていいよ」「じゃあ那岐が覚えていて」あの光を。この風を。波を踏みしめた夏の午後を。


「ピアス、開けたいって思ったことある?」下校中の急な問い。「ないよ。開けたいの?」「そういうわけじゃないけど」聞けば、クラスメイトが夏休みに開けるだの開けないだのの話をしていたらしい。「そもそも校則違反だろ」「だよねぇ」そう答える千尋の耳たぶを、なんとなく直視できない。


文句を垂れながらも嫌々着てくれた浴衣は想像以上に似合っていて、思わず歓声を上げた。「うるさいよ」「柄も色もピッタリ!」「うるさい。さっさと行くよ」目を合わせようとしないまま、那岐は玄関に向かう。「照れてますね」風早と二人で顔を見合わせて笑って、浴衣の猫背を追いかける。


ひゅう、どん、ぱらぱら。鮮やかな花火が次々と夜空に咲いていく。「いい場所とれてよかったね」千尋はそう言いながら、携帯だとうまく写真が撮れないと唸った。「画面見るよりホンモノのほう見れば?」諦めて夜空を見上げた瞳に、光の花の輝きが映る。ホンモノのほうを、見たほうがいいのに。


千尋が発熱してから2日。しつこい夏風邪は熱以外の症状が治まらず、薬を飲んでなお喉の痛みが続いているらしい。声を出すのもつらいようで、意思疎通はもっぱらジェスチャーと筆談になった。「そろそろ声が聞きたいですね」「まあね」「おや、素直だ。珍しい」「……筆談とか面倒だから」


外の暑さよりずっとマシだが、かといって冷房が効きすぎだ。嬉々としてフラッペを頼んだ千尋はものの数分で手が進まなくなり、こちらのアイスコーヒーを見ながら「私も飲み物にすればよかった」と言う。「だいたい薄着過ぎるんじゃない?」「えぇ?」薄っぺらい服、頼りないったらないんだ。


「風早との二人暮らしはどう?」「気色悪い言い方するなよ」友人宅に泊まっている千尋からの電話。グループからは少し離れているのか、遠くから女子の笑い声が聞こえる。「何かあった?」「ううん」おやすみって言いたかっただけ。そう言って、千尋は小さく笑った。たった一晩のことなのに。