ツイノベとかのまとめ

twitterで投稿したツイノベをまとめています(@ukeiregaohayai)

独り占めについての考察(ときレス/神崎透)

ボンヤリしているお前の肩を引き寄せて、ボンヤリ開いた唇に口付けた。
俺に両肩を掴まれながら、「たったいま目が覚めました」みたいな顔で目をパチクリさせている。
いいから閉じろバカ。

「ちょっと、透さん、くちが……」
「なんだよ」
「辛いもの食べてたでしょ? からい。唇が痛いよ」
俺の隣で座布団に座っていたお前は、スカートの裾をおさえつつ少し後ずさった。

レディースの唇は繊細なんだとどこかの誰かが言っていた。
センサイってどういう意味だよと思っていたが、なるほどこういうことかと妙に納得する。
言われてみれば、唇がひりついて少し感覚が鈍っている気はする。

今日は夜までスケジュールが空いていたから、午後から休みをとれるというお前と二人で、部屋でのんびり過ごすことにした。
まさか寮にこいつを上げるわけにはいかないから、出かけない時は住み込みで働くこいつの居住スペースに行くことが習慣になっている。
そんな風にして、どうせその後会うのだからそのまま店で昼食をとることも考えた。
しかし、王子様たちが店に行こうと話しているのを聞いて、昼食は別の店で済ませることに決めた。
俺がいない場所で、あいつらがこいつと話すのは癪だ。
しかし、王子様達に向けた偽物の笑顔をそのまま俺にも流用されるのはもっと気分が悪い。
俺とあいつらは違うのに。王子様向けの、お客様用の、偽物の笑顔を向けられたくない。
俺に向けられる笑顔は俺専用の俺だけの笑顔だ。

かと言って、あの店の味に馴らされた舌が満足する店など他にあるはずもない。
仕方がないから、ただ腹が満たされればいいという理由で通りかかったラーメン屋で激辛担々麺を食べた。
その口でキスをした。

「痛いってほどじゃないだろ」
「ヒリヒリするよ……こんなに辛いもの、よく食べられるね?」
「あんなの、ただ辛いだけだった。バカにしてる」
「そんな……ねえ、いつからそんなに辛いものが好きなの?」
「いつからっていうか」
改めて聞かれると返答に困る。

一番古い記憶は、周りの子供が辛すぎて食べられないと言ったカレーを全て口に詰め込んだ思い出だった。
辛くなかったわけではない。子供の舌には死ぬほど辛かった。今なら口から火を吹く怪獣になれると思った。
しかし、その辛さよりも食べ物を独り占めしているという喜びの方が勝った。
しかも「子供が食べられないもの」をだ。俺は誰よりも大人なんだと思った。
だから誰かさんが勝手に皿に卵焼きを乗せてくるのは恥ずかしかった。

それからは、周囲が食べ残した余り物を片っ端から胃袋におさめるようになった。
辛いものをはじめとして、苦いもの、渋いもの、クセのあるもの。
成長するにつれて周囲も大人向けの味に耐性がついてきて、危機感を覚えた俺は食卓にマイチリソースを持参するようになった。
いくら周りが大人になっても、これさえかければ皿は俺のもの。
目玉焼きだって卵焼きだってゆで卵だって俺のもの。誰も手出しが出来ない、独り占め。
そんなことを繰り返しているうちに舌が辛い味を覚えて、それで今に至るのだと思う。

「……好きなモノは好きなの!」
「でもいま、」
テーブルのコップに注いであったジュースを口に含んで、言いよどんだ俺を喋らせようとする唇を塞ぐ。
睫毛を親指で軽くなぞってやると、ようやく大きく見開いていた目を閉じた。
辛さがジュースで緩和されたのか、それとも照れ隠しをやめたのか、先ほどのようには抵抗してこない。
細い首に手をやると、喉が確かに動いているのが分かった。少し横にずらせば、血管の動きだって分かる。
しばらくして苦しそうな声を出すから解放してやると、一言だけ文句を垂れて、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

どんな料理だって辛い味にしてしまえば全て俺のものだった。
こいつには何をすれば俺のものになるんだろう。
その声を、笑顔を、瞳を、髪を、指を、温もりを、強がりを、俺のものに。

ひとくちだけ残っていたリンゴジュースをもう一度口に含んで、耳の赤いお前の肩を引き寄せた。