ツイノベとかのまとめ

twitterで投稿したツイノベをまとめています(@ukeiregaohayai)

忍人

雨は夜空に降り続いている。外套の露を払う横顔には濡れた髪が張り付き、私はその先から伝い落ちる雫を見ている。「足往が火を熾してくれましたから」「ああ」と言って、忍人さんはこちらを見やった。「すぐに戻る」。愛してるなんて言葉は必要なくて、ただそこにあなたの熱があるだけ。


愛の言葉など口にはできない。甘やかすこともできないし、無条件に可愛がることもできない。彼女を笑顔にする方法は知らないし、なんでもないことで嬉しそうにする理由には考えが及ばない。ひとつ確かなのは、あの温もりのもとに戻りたくて、この濡れた髪を早く乾かそうと急いていることだけ。


「幸せだなんて望む資格はないと思うんです」「なぜ」変えたもの。変えてしまったもの。変えたくなかったもの。「私が満たされたときにはきっと、その引き換えに」「死なせるものか」忍人さんの背の向こうでは星が瞬いている。「君は俺の死だからな」振り返ったその横顔を月明かりが照らした。


言の葉は色褪せ、言の葉は弄ばれ、言の葉は失われる。星より儚い願いは、その輝きだけを後世に残してゆく。この痛みさえいつか形を亡くすのなら、失われたはずのものもきっと等しくこの世界の一部になる。葉桜の木漏れ日を受ける背中の温かさは、誰かの手のひらに似ていた。