ツイノベとかのまとめ

twitterで投稿したツイノベをまとめています(@ukeiregaohayai)

ダリウス

紫煙をくゆらせるダリウスというのも妙に絵になる。「ダリウスって吸うの?」「必要があれば嗜まれることもありますよ」部屋で見つけた年代物のパイプは上品な艶があって、なめらかなその形はどこか色っぽさも感じる。「……というか、何持っても色っぽいし」「おや、誰の話かな。妬けるね」


こうして抱きしめられてから何分経ったのだろう。「ダリウス、そろそろ離して」と言っても、腕は一向に緩まない。「ねえ、お願い」「いけないね、君は」前髪に口づけが落とされる。「……っ、もう、何が?」「こうやって抱きすくめてしまえば、いつでも梓の『お願い』が聞けるんだろう?」


ダリウスって着物は着ないの? そう虎に聞いたら、和装でウロつく西洋人なんて目立って仕方ねえだろ、と一蹴された。確かに普通にしていても人目を引くのだから、それもそうだ。「俺は和装の梓を見てみたいな。そうだね、例えば白無垢とか」「……いい加減よそでやってくんねぇか」


愛されたときに笑う人と愛されたときに泣く人がいる。そんなことを知ったのは帝都に来てからだ。好きだよ、と伝えるとダリウスはまず泣きそうな顔をしてから微笑む。手を取って、髪を撫でて、頬に触れて、体を寄せて、そうして水面を揺らし続けて、いつか愛されて笑うあなたを見たい。


人を泣き虫だといって笑うけれど、自分だって泣き虫じゃない。そんな文句を飲み込んで、夏の夜風をはらむ金の髪を梳く。涙の跡のような繊月が雲に隠れながら淡く光っている。ふと見上げたとき、初めて変化に気づくくらいの速度で構わない。満ちながら欠けながら、泣き虫の私達の未来を探す。


脚を滑り降りた指がブーツを脱がす。靴くらい自分で脱ぎたいのに、いつだって気づくとされるがまま。「ねえ、今日は汗をかいたから」「俺も同じだから気にならないよ」近づく体の熱はいつもより湿度が高くて、濃厚な香りに頭がくらくらする。碧い瞳に見つめられたら、私の全ては彼のもの。


お腹がぐるぐるして気持ちが悪い。「ごめん梓、電車なんて乗ったから、邸にいい薬がある、空間移動で」「ちょ、ちょっと」青い顔でまくしたてる彼の腕を引く。「落ち着いて」「でも」手を繋いで歩くのが、とても幸せだから。「電車に慣れてしまうくらい、これからたくさんデートがしたいの」


「ドレス、すごく綺麗だ!」「馬子にも衣装だな」「あ、照れ隠し?」「ウルセー」ギャラリーの声など聞こえていないかのように、ルードくんは手際よく髪を結ってくれる。感謝の言葉への返答は、誇らしげな「従者の務めです」という台詞。「――さあ、ダリウス様がお待ちですよ、『奥様』」


「おいで、梓」名を呼べば、彼女は返事もなくその腕の中へ吸い寄せられていく。「いい子だね、梓」翠玉を秘めた瞳の輝きは酷く冷たい。「梓、明日は新しい服を買ってくるよ」梓さんの感情を封じてから、およそひと月。「ねえ、梓?」ダリウス様、あなたが封じられたのは、きっとそれだけではなくて。


幼い頃はサーカスが無性に怖かった。見世物のように演出されたあの戦闘シーンは、そんな記憶を強く刺激した。「プレゼントはもちろん嬉しいんだけど」あなたがあなたの意志で、あなたの感情で、二人の間に何者も介在せずに、ただそばにいること。宝石よりも欲しいのは、宝石を贈るその手。


 手をつないで森を歩く。
 何度も何度も通った場所は木々の合間の小路となって、今はもう足の運びを考えずとも同じ場所へ辿り着けるようになった。
「滑るから気をつけて」と差し出された手を取る。グローブは薄手だけれど、その下の温もりを感じ取ることはできなかった。
「夏が来たら、また育てるの?」
 薄い雪化粧をまとう花壇には僅かにダリアの名残が見て取れる。色褪せた花弁が一枚、二枚。いつかダリウスが褒めたコラレット咲きは、確かこんな色合いだった。
「いや、ダリアはもういいかな」
 そう言い切って、ダリウスは少し緩み始めていた私のマフラーを巻き直した。首の後ろに回った腕がそのまま背に降りて、やわく引き寄せられる。
「君がいれば、それでいいよ」
 手首の鎖が揺れて涼しい音を立てた。コートに遮られて、私を抱きしめる温もりを感じ取ることはできない。


選ばれることには慣れているはずだった。そこには必ず根拠があったし、それを疑う理由もなかった。細い腕が、どこか恐る恐る俺を引き寄せて抱く。少し手を動かせば容易に捻り潰されるような、この小さな少女に選ばれること。その理由が、力でも立場でもなく、ただ俺が俺であるということ。


音が響くから嫌だ。そう伝えてもまるで聞いてはくれず、私は今夜も腕の中。耳をすますと、窓の向こうから微かな風の音が聞こえる。「梓、何を聞いているの?」甘い声が耳と背中と浴室中を震わせる。逃げるように探した風の音は、速すぎる鼓動と身体を淡くなぞるように響く声にかき消された。


最近、洋服やアクセサリーの贈り物が減った。かわりに増えたのは、「二人で食べたいと思ったんだ」と言うお菓子やお茶やお酒のおみやげ。食べながら私の反応を伺うダリウスは、とても嬉しそうに笑う。「繋ぎ止める」をやめた贈り物はドレスより宝石よりずっと鮮やかで、心に美しく咲く。


「…冷たい」「え?」「指輪が」温かい指のあいだに混ざる、硬くてひやりとしたもの。ダリウスは自分の指輪を頬に当てて、本当だ、と笑った。髪をかき分けるようにして、大きな手が私を包む。「温まるまでこうしていようか」梓はどこに触れても温かいから。そう嘯く吐息だって熱いのに。


梓はふと手を止めると、蜘蛛の巣って綺麗だね、と呟いた。浮かび上がる幾何学模様の中心に、標本と化した蝶。「可哀想と思うべきなのかもしれないけど」と前置きして続ける。「なんだか美しすぎて、運命を受け入れているようにも見えて」囚われた蝶に、蜘蛛の巣を壊すことなどできはしない。


珍しく赤ら顔のダリウスは、外套を脱ぐとソファに身を投げ出した。ちゃんと部屋で休んで、と言い掛けたところに腕が伸びてきて、そのまま体と唇が捕まる。「……お酒のにおい」いつもより熱い吐息。「ふふ。……君は珈琲を飲んでいたの?」眠気覚ましの味なんて、もうかき消されてしまった。


人の個性を包み込む寛容さがあるのに、妙なところで視野が狭い。ダリウスのおかしな勘ぐりは、いつも突然だ。「――だからね、あの服に意味なんてないってば」力いっぱいに私を抱きしめる背中をなでると、腕の力が少し弱まる。人の心を無理に飲み込むこの人が、もっと自由になれますように。


梓、と呼びかけようとしたところで目が覚める。昨日は腕をつかもうとしたところで朝がきた。その前は泣き顔ばかりで笑顔が思い出せない夢を見た。身を起こすと、いつか梓に羽織らせたストールが目に入る。――たった一分でいい。その声を、顔を、体温を。「……一分なんて、長すぎるな」


よく言えば素朴で、あるいは垢抜けない。気を回すくせに、大事な場面で遠慮を知らない。その無遠慮な瞳が、水底に隠したはずのものを躊躇なく暴いていく。輝く水面を潜り抜け、美しくないものにまで素手で触れる。醜さを掻き抱く腕はどこまでも華奢で、その温もりが痛かった。


私の生まれが帝都にはならないのと同じく、この人の過去だって変えられない。抱きしめてキスをする。その所作がいやに板について見える。「君が嫌だというなら、他の女性とは一切口を利かないけれど」「そ、そういうんじゃなくて」塗り替えられない思い出が、きっと色褪せていきますように。


白み始めた空に、名も知らない鳥が鳴いている。穴蔵の中はじっとり濡れていて、真夏だというのに酷く涼しく感じられた。風に乗って、遠くから名を呼ぶ声が聞こえる。ダリウス。ダリウス。どこなの。空っぽの腹から叫んだつもりの「ここだよ」、という声は、湿った土に吸い込まれて消えた。


「ダリウスのピアスっていつ頃あけたの?」「うーん、よく覚えてないな」年上だから当たり前だけれど、耳に光るそれはなんだか大人っぽくて、私も背伸びを考えてしまう。「梓には必要ないよ」心を読んだかのような言葉と一緒に、耳元に落とされる口づけ。「キスしにくくなってしまうからね」