ツイノベとかのまとめ

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修飾と距離感(ときレス/霧島司)

通算13枚目の付箋を本に貼り付けて、ふうと息をついた。
わずかに空いたこの時間で、大学の課題をすべて終わらせようとするのにはやはり無理があったらしい。
既に予定の時間の半分以上を費やしているのに、課題は四分の一程度しか進んでいない。
霧島司は焦っていた。

――週末までには目処をつけないとまずい。
来週はロケ続きでまとまった時間を取れそうにないのだ。
移動時間と待機時間を合わせれば、かなりの作業時間は確保できるだろう。
しかし、この課題は仕事の片手間に済ませられるような内容ではなかった。
「参ったな……」
前髪を両手でかきあげ、クーラーでひんやりと冷やされた空気に額を晒す。

今日は水曜日。
来週はろくに手が着けられないことを考慮すると、提出期限まで課題に割ける時間は実質2日ほどしかない。
今日は午後から彼女と植物園に行く約束だった。
今日の午前中に課題を半分ほど片付け、明日明後日は仕事、土曜日に残りの半分を仕上げる。
そんな計画を立てていたが、予定外の進捗の悪さですっかり立ち行かなくなってしまった。

霧島はしばらくの間プリントと本の山を睨んで、睨みながらスマートフォンを手に取った。
約束の時間まであと一時間。ちょうど彼女が仕事をあがる頃だろう。
アドレス帳から彼女の名前を選び出すと、メールアドレスと電話番号の間で指が泳いだ。
その指は幼い子供が「神様の言うとおり」で何かを決めるようにして何度か上下に往復したあと、意を決したようにアルファベットの羅列を選択した。

「すまないが、大学の課題が終わりそうにない。今日は君の部屋にパソコンを持ち込んでもいいだろうか。楽しみにしていたのに、本当にすまない」
苦渋の決断だった。課題は捨てられないが、彼女に会わないという選択肢も彼には存在しない。

「了解。待ってるね」
彼女が送ってよこす文面はいつも素っ気ない。
だが、湿っぽい文章を書き連ねられるよりもサッパリしていて、霧島は彼女のメールが好きだった。
会えないときも彼女は霧島の記憶の中で変わらない笑みをたたえている。
会えばいつだって記憶通りの微笑みを投げかけてくれる。
誰に対しても必要以上に媚びることのない彼女との距離感。それが言いようもなく心地よいものであると気づくまで、そう時間はかからなかった。

今日の約束をふいにしてしまったことは心から反省しなければならない。
霧島は、ドタキャンされても深く立ち入らず、責めることもしない彼女に心から感謝した。
彼女がひっそりと隠した落胆を、霧島がこっそりと隠して癒やす。
二人の関係は、そんなバランスで成り立っている。
「……次のデートは、植物園よりも魅力的なプランをたてないといけないな」

手元の資料を簡単にまとめてファイルに挟み、ノートパソコンと共に鞄に詰め込む。
――せめてもの償いに、何かおいしいものでも買っていこう。
彼女への謝罪の言葉を舌の上で吟味しつつ、ジャケットを羽織って寮の部屋を出た。