ツイノベとかのまとめ

twitterで投稿したツイノベをまとめています(@ukeiregaohayai)

パワーバランス(おべいみー/ルシファー)

 書斎のドアをノックすると、返事より先に名前を呼ばれた。
「よく分かったね」
「どうせみんな酔いつぶれたんだろう」
「……よく分かったね」
「俺を誰だと思ってる」


 特にこれといった理由もなく始まった兄弟たちのパーティーは、人間界で言うところの宅飲みの様相だった。
 買い出しでマモンが勝手にカートに放り込んでいたスナック菓子、レヴィが最近ハマったアニメに登場するジュースの元ネタらしい人間界の炭酸飲料、サタンが知り合いのレストランから特別にテイクアウトしてきたオードブル、アスモの持ち寄った「映える」瓶に入ったデモナス。ベールは当初天文学的な量のピザを注文しようとしていたが、ベルフェが常識的な量に修正してくれた(が、目を離した隙にほとんどベールが平らげてしまった)。
 会場のリビングを通りがかったルシファーも一時的に強制参加させられていたが、サタンが適当なところで自室に引き上げ、ほかの弟たちが一人また一人と寝落ちしていくあいだに、いつの間にか姿を消していた。
 書斎の机に広げられているのはたくさんの書類。遠目では内容までは分からないが、相も変わらずこんな夜更けまで仕事をしていたらしい。


「誰かが復活する前にさっさと部屋で寝たほうが身のためだぞ」
 ……確かに、サタンも去り際にそんなようなことを言っていた。
 目線は書類に向けたまま、ルシファーはすっかり冷めてしまったようすのコーヒーを口に含む。飲み込んだあとの小さな溜め息には、隠しきれない疲労が滲んでいるように思えた。
 追い返されもしなかったのでソファに勝手に座り、俯いて書き物をしているそのつむじを横目で眺める。魔界はいつだって暗くて館の周辺も静かだけれど、皆が寝静まった夜は尚更に音が少ない。
 しんとした書斎に、紙をめくる音と、なにか書き込むペンの音だけが響く。あまりにも静かで、時折かきあげられた髪がぱらぱらと流れ落ちる音まで聞こえる気がする。


「……で? お前は労働する俺を冷やかしに来たのか」
 つむじを観察し始めてからしばらくして、やっとルシファーの視線がこちらに向けられる。
 見られているのが分かっていたなら何か反応してくれればいいのに。そんな言葉を飲み込みながら、なおも机に向かったままのルシファーに歩み寄る。
「そろそろ寝ようよ」
「それは命令か?」
「そういうのじゃなくて」
「じゃあ従う義理はないな」
 容赦なく切り捨てられた。別に普段から命令なんかしていないのに。
 ただ疲れすぎないように休んでほしかっただけだったけれど、そんな言い方をされると、なんだか対抗したくなる。


「……命令なら聞いてくれるの?」
「お前の力次第だな」
 そう言って、ルシファーはペンを置いてこちらを見据えた。
 椅子に座ったままのルシファーと、その横に立つ私。私のほうが目線は上のはずなのに、わずかに細められたその瞳が私を挑発する。
 静まり返った部屋。まだ乾ききっていないインクのにおい。かすかに残るコーヒーの香り。膝の上で組んだ長い指。試すような、誘うような、からかうような、悪戯な眼差し。


「ルシファー、――」
 小さく呟いた命令に、ルシファーの眉がぴくりと動く。その意味を確かめようと表情を見る前に、視界は奪われてしまった。
 不安定な体勢のまま抱き寄せられ、思わずルシファーの胸に手をつく。抱き留めた片手が背をなぞり、髪をかき分けるようにして頭まで抱きすくめられる。
 いつの間にか手袋を外していた指に耳をなぞられると、全身がぞくりと震えた。
 たまらずに発した小さな吐息に応えるように、低く甘い声が囁く。
「命令は取り消せないからな」

 悪魔との力比べなんて、してはいけない。