ツイノベとかのまとめ

twitterで投稿したツイノベをまとめています(@ukeiregaohayai)

風早

風早が突然首に両腕を回してきたので、私は思わず固まった。「はい、いいですよ」という声を合図にネックレスに目をやると、モチーフの裏表が先ほどとは逆になっている。風早は「こっちが表なんですよ、分かりにくいですけど」と言って笑った。それくらい自分でやるって、いつも言ってるのに。


風早が私の髪を梳る。あの家での暮らしのように毎日髪を洗うことはないけれど、ドライヤーがない生活はそれなりに不便だ。「那岐は最初ドライヤーを怖がってたんですよ」と風早が笑う。私たちだけが知るふたつの世界。私が誰であっても、彼が誰であっても、肩を並べて過ごした時が私たちを繋ぐ。


「チョコレートについてですか?」千尋はあちらの世界の菓子の名を挙げて、初めて食べた感想を尋ねてきた。とても甘くて驚いた、と答えると「私もそうだったのかな」と宙を仰ぐ。甘いものを食べる千尋があまりに幸せそうにするから、その顔が見たくてお菓子を買っていた、とは言わずにおいた。


「ああ、いい気持ち!」草原に体を横たえて、姫は大きく伸びをした。青々とした褥に広がる金の髪が草木のさざめきに合わせて揺れる。こんなふとした時に、この景色がもう二度と繰り返されないことを思い出す。泣きたいならば、この痛みさえ慶びに変えられればいい。俺もひとつ伸びをした。


目隠しの理性を解き放てば、人間はきっとその美しさを失うのだろう。めぐり巡る季節の中で一際輝くものは、幸福よりも涙だった。円環に組み込まれた我が身を省み、欠陥の歯がゆさと欠落の愛おしさに気づく。「風早、もういいよ」。彼女の声を合図に開いた瞳には、一面の花畑が映った。


幾度も巡った螺旋の中で、心が生まれたのはいつのことだったろう。小さな手を引いて歩いた道の木漏れ日。屈託なく笑う幼い声。強がって噛みしめた唇。燃え上がる赤をすり抜けるようにして駆けたあの日。声を殺してすすり泣く気配。そこにある現実以上のものたちが、どこまでも果てない。


こちらを振り向いた彼女の瞳には、どこか不安げな色が見えた。「私、あなたをどこかで」「他人のそら似でございましょう。よくある顔つきですから」頭から足の先まで、姫はなおも俺を見つめている。(覚えているはずがない)覚えているはずがない、はずなのに。(人の子の心とは勝手なものだ)


晴れ渡るような。透き通るような。突き抜けるような。そんな色が私に似合うと言いながら、彼は結い髪の花飾りを褒めた。先日従者に加わったこの青年は、その名を風早と言う。晴れ渡るような。透き通るような。突き抜けるような。そんな色を纏った彼の腕に、いつか包まれたことがある気がする。


忘れ物をしたと言って、千尋が席を立った。ひとくちだけかじったトーストが皿に取り残されている。「……もう少し小さく切るかな」「過保護。ごちそうさま」ハンカチを手に戻ってきた千尋が那岐とすれ違う。「今日は早いね」「日直だそうですよ」小さく切り直したリンゴを食卓に戻した。